アーノルド坊やは人気者【都会では誰も知らなかった】「冗談は顔だけにしろよ?」1978‐1986 スキップしてメイン コンテンツに移動

アーノルド坊やは人気者【都会では誰も知らなかった】「冗談は顔だけにしろよ?」1978‐1986

僕は『地元ではゴールデンタイムの人気番組だったのに、上京して他の人に話をしたら、誰もその番組を知らなかった』という不思議な経験をしたことがあります。今日はそんな番組の噺です。




『アーノルド坊やは人気者』とは?

『アーノルド坊やは人気者』は1978年から1985年年まで、アメリカのNBCテレビで放送されたシチュエーションコメディ(『ファミリータイズ』や『フルハウス』のような舞台形式のTVドラマ(別名『シットコム』)です。

ストーリーは白人の富豪層の家庭に、黒人の孤児の兄弟が引き取られ、そこで白人の娘と共に一緒に暮らすというものです。

基本的には面白おかしい爆笑コメディーなのですが、物語のコンセプトである人種間の問題を根底に、ドラッグや身体障害など、当時の若者を取り巻く深刻な現象を、ライトタッチな演出の中に巧みに取り入れおりました。番組はそういう面からも評価を受け、シチュエーションコメディーとしては異例とも言える長期の放映となりました。


※オープニングムービー

登場人物

アーノルド(ゲーリー・コールマン)


この物語の主役であり、物語の進行役的な側面も持っている黒人の子ども。幼い年齢設定でありながら、周囲の大人対して非常にシニカルな目線を持っていて、決めゼリフは「冗談は顔だけにしろよ?」である。

ウィリス(トット・ブリッジス)


アーノルドのお兄さんでアーノルドのいじられキャラ。皮肉屋のアーノルドと異なり、彼は真っ直ぐな正義感であり、加えて運動も得意なので女子にモテる。彼女役として幼き日のジャネット・ジャクソンが準レギュラー出演していた。


ドラモンドさん(コンラッド・ベイン)


亡くなった家政婦の子どもだった2人を引きとり、愛情を持って育てている白人の大富豪。メンバーの中ではボケ役担当だが、時に経験に即した含蓄のあるお説教で子どもたちを諭す。

キンバリー(ダナ・プラトー)


ドラモンドさんの娘。容姿端麗で成績優秀というヒロイン系のキャラだが、ときおり天然行動で笑いを取る。ウィリスとはあくまで姉弟の関係に終始しており、恋愛関係には至らない。シーズン後期は『フランスに留学中』として不在。

サム(ダニー・クックシー)


キンバリーと入れ替わる形で登場した白人の子ども。ドラモンドさんの再婚相手の連子で、アーノルドよりも年下の設定。シーズン末期は主役級の扱いで、物語は彼の成長譚にもなっている。

ゴールデンタイムの人気番組

1982-1984年頃、僕の地元の福島では、この番組がゴールデンタイムでオンエアされていました。それゆえ主役のアーノルドと同世代だった子どもたちの中で、この番組のことを知らない者などいなかったのです。
アーノルドの決め台詞である『冗談は顔だけにしろよ?』は、学校でも当然のごとく流行語になりました。それで思わず調子に乗って目上の人にも言ってしまい、大目玉を食らったりもしましたね。  

「冗談は顔だけにしろよ?」

アーノルドの決め台詞は、英語では「Whatchoo talkin'bout, ~ ?」というものです。訳せば「バカ言ってんなよ、~ ?」というもので、これはアメリカでも大人気だったそうですが、それを「冗談は顔だけにしろよ?」とした日本語版のスタッフのセンスは、本当に素晴らしいとしか言いようがありません。

日本語訳の元ネタは、当時人気番組だった『夜のヒットスタジオ』での、司会の井上順さんのブラックジョーク(「芳村さん、冗談は顔だけにしてください」)だったそうです。
このちょっとだけ回りくどい悪態は、アーノルドのませた感じと本当にマッチしていて、とても面白かったですね。

シリアス回

面白さだけではなく、たまにあるシリアスな回も必見の内容でした。特に印象に残っているのは、『ロサンゼルス五輪米代表体操チーム』がゲスト出演した回です。

それは怪我で車椅子になった黒人青年の物語であり、その彼は体操チームの五輪のメダルを目の当たりにして取り乱すのですが、ウィリスの友情やドラモンドさんの思いやりに次第に心を開いていくというものでした。僕も、親友のために必死に体操チームを説得するウィリスの姿というものには、とても深く感動したものです。

思えばアメリカのシチュエーションコメディというものは、この『アーノルド坊やは人気者』に限らず、必ずと言っていいほどシリアスな回をどこかに内在させていますね。

キンバリー萌え

あとはお恥ずかしながら、年齢的にキンバリーにも萌えましたね。当時はソフィー・マルソーやフィービー・ケーツなど、海外のタレントもアイドル的人気を誇っていた時期ですので、当然キンバリーにも心惹かれたわけです。
そんな事もあってアーノルドたちに対しては『色々問題はあるだろうけど、キンバリーと一緒に暮らせるのだからいいじゃん』とまで思っていたりしました。はい。本音だからしょうがないですね。

突然の新シーズン放送

ゴールデンタイムでの放送は2年ほどで終わりまして、高校生になった僕はアーノルドたちのことなどすっかり忘れていました。そしてさらに時は過ぎ、僕がいよいよ大学受験に向かおうかという時期に『アーノルド坊やは人気者』の放送が突然始まったのでした。今度はゴールデンタイムではなく、日テレ系列の夕方の再放送枠においてです。よく『ルパン三世』や『シティーハンター』を放送していた枠ですね。

キンバリーがいない

「懐かしいな。久々にキンバリーの顔でもみようかね」と、放送を視た僕でしたが、そこにはキンバリーの姿はなく、新たに白人の少年がキャスティングされていたのです。これはキャストのところでも触れておりますが、物語の中でドラモンドさんが再婚しており、その白人の子は、そのお相手の連れ子だったのです。
そしてよく見れば、ウィリスもドラモンドさんも確実に年を重ねたルックスになっていたのです。まあアーノルドはあんまり変わらなかったですが・・・。

要は福島でオンエアされていない期間でも、この物語の時間はアメリカでちゃんと進んでいたのですね。それに気がついた僕は『自分が知らないうちに、一体どれだけの物語が流れたのだろうか?』と、その途方のなさというものに対して、畏敬の念すら覚えたものでした。

都会では誰も知らない

翌年、進学のために上京した僕は、何かの折に「冗談は顔だけにしろよ」と渾身のギャグをかましてみました。しかしそれはものの見事にスベってしまい、相手をムッとさせてしまったのです。なんか変だなと思って話を聞いてみると、なんとその場にいた僕以外の全員が『アーノルド坊やは人気者』を存在を知らなかったのです。僕はリアルで狐につままれた様な気分になりました。

日本語版製作はCBC

これはのちにインターネットの時代になって知ったのですが、実はこの番組は関東エリアではほとんど放送されていなかったのです(唯一の放送は千葉テレビ)。
この番組の日本語版の制作は中部日本放送(CBC)によって行われ、基本は東海の3県での放送だったのです。あとは権利をもらった各地のローカル局が、ばらばらの放送時間帯でオンエアしていたということなんです。

上京するまで都会のテレビ事情をうらやましいと思っていた僕ですが(テレ東の存在や深夜枠など)、逆にこんなこともあるのだなあと、とても不思議な気持ちになりました。

出演者たちのその後

ゲーリー・コールマン


彼はアーノルド役でトップギャラの子役になったのですが、金銭的な問題で親との関係が破綻し、訴訟合戦になるという憂き目にあいます。その後もヒットしたがゆえのアーノルド役の呪縛は抜けず(この辺は「ケンちゃん」役だった宮脇健氏と重なります)、結局俳優の仕事は上手く行かず終わり、警備員の職に就くことになります。内臓疾患による成長不全で背は伸びることはなく、そのことが原因で、警備中に口論から傷害事件を起こしてしまいます。その事は当時日本でも報道されましたね。その後も「あの人はいま」的に、メディアに面白おかしくいじられた挙句、私生活でも問題が多発します。末路感があまりにも寂しく、このあたりは詳しくは書きません。そして2010年に自宅で転倒して脳内出血で死亡しました。享年42歳だったそうですから、番組の全盛期に、彼はちょうどティーンエイジャーだったということになります。

トッド・ブリッジズ


ウィリス役の彼は20代になってからコカイン中毒になり、麻薬の売人とトラブルを起こして、殺人罪で逮捕されます。これは腕利きの弁護士が無罪に持ち込んだのですが、1993年には、正当防衛とはいえ同居人を刺すという事件を起こし、そのイメージは地に落ちます。
その後、1998年には逆に人命救助で称賛を浴びます。それによりショービズにちょくちょく顔を出すようになった彼は、その類まれなる身体能力を重宝されるようになっていきました。2010年には米の人気番組の『オペラ・ウィンフリー・ショー』(アメリカ版『徹子の部屋』)に出演し、自らの波乱万丈の人生を語っています。

ダナ・プラトー


キンバリー役の彼女は若いころから酒とドラッグに依存しており、番組放送中の1984年に妊娠して番組を降板します。その後は豊胸手術をしてヌードグラビアを披露したり、さらにはいくつかのポルノ作品へ出演したりしますが、結局、女優業は上手く行きませんでした。その後、1990年に離婚。1991年には強盗で逮捕。1992年には薬物がらみで逮捕と、もう目も当てられない状況になります。
1999年に女優復帰を目指しラジオに出演するも、リスナーから厳しい声を受け、翌日、薬物の大量服用により車の中で自殺してしまいました。享年は34歳。

ダニー・クックシー


サム役の彼はロックバンド「BAD4GOOD」としてデビューし、それなりに成功します。役者の世界でも「ターミネーター2」に出演し高評価を収め、以後は現在に至るまで俳優として活動しているようです。

エボニー・アンド・アイボリー


♪おたがいに寄り添い 調和を保つ黒鍵と白鍵
そのように 私は生きたい♪

1983年。
この番組のテーマソングみたいなものですね。



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