あの頃あんなにハマっていたのに、今となってはさっぱり興味がないもの。そんなものの1つに切手収集があります。小学半ばくらいの時期に、僕はなぜあんなに切手集めにハマってしまったのでしょうか? 今日はそんな噺です。
1970年代の切手収集ブーム
1970年の大阪万博と1975年の沖縄海洋博の記念切手発行などがきっかけに、1970年代に(最後となる)切手ブームが起こります。
それまで『切手収集』というものは『大人の趣味』というイメージのものだったのですが、この時、ブームの中心にいたのは小学生の子供たちでした。
それゆえデパートのおもちゃ売り場や、文房具売り場のそばに『切手コインコーナー』が設けられ、子供向けの入門本なんかも、まるで年鑑代わりに毎年発行されるようになっていきました。
僕がハマったきっかけ
僕が切手を集め始めたのは小学校3年生の頃で(1979年)、ブルジョワの友達に自慢のコレクションを見せてもらったこときっかけでした。丁寧な説明を聞きながら、色とりどりの切手を見せてもらっているうちに、僕も切手を集めてみたくなったのです。
家に帰り、その興奮そのままに熱く切手について語っておりますと、ちょうど家に遊びに来ていた叔父が「少し前に流行ったときに結構集めたんだけど、よかったらそれを全部あげるよ」と実にありがたいことを言ってくれたのです。これはもう貰いに行くしかありません。
後日、叔父の家に訪ねて行くと、叔父は想像以上に大量の切手を僕にくれました。時期的には『国宝シリーズ』が全盛の頃で、ものによっては、シートごとコレクションしていたのです。国宝シリーズは大型の切手で、その美しい図柄に僕はすっかり魅了されました。単純に額面だけで見てもかなりの金額のコレクションでしたが、叔父は太っ腹にも全部ただでくれたのです。僕は大喜びで家に持ち帰りました。
収集アイテム
日本切手アルバム
僕が叔父の家から持ち帰った切手の数々が、思ったよりも立派なことに驚いた父親は、それからしばらくして、切手のコレクションアルバムを買ってきてくれました。これが実によくできたもので、これまで日本で発行された全切手がコレクションできるように作ってあったのです。
切手を入れる透明なフィルム。そこには白黒の切手の写真が印刷されていますので、切手を入手するたびに、どんどんどんどんアルバムがカラフルになっていくと言う寸法なのです。なんという収集欲を誘うアイテムなのでしょうか?これはもう射幸心を煽るなんてものじゃないですね。僕は案の定、ドハマりしていきまして、次第に切手も切手グッズも増えていきました。
切手用ピンセット
使用済み切手のノリはがし
切手の糊に用いられているポリビニールアルコールは水溶性高分子なので、使用済みの切手をはがす際には、切手の一回りくらい大きく紙を切り取って、そのまま水に浮かせます。しばらく放置すると自然に剥離します。
ハガロン
裏からひと塗りすると、実にあっけなく切手が剥がれてしまうハガロン。魔法の液体というべき便利さでありますし、商品名も実にイカしてますね。
当時の切手
「月に雁」「見返り美人」
手に入る可能性がある切手の中で、頂点に君臨していた2枚ですね。郵便趣味週間(切手趣味週間)の初期の作品で、当時の価格だと「月に雁」が14,000円、「見返り美人」が12,000円でした。
「浮世絵シリーズ」
東洲斎写楽「市川蝦蔵」、喜多川歌麿「ビードロを吹く娘」、鈴木春信「まりつき」です。後で詳しく書きますが、「市川蝦蔵(海老蔵)」は僕にとって、とても思い入れの深い切手です。当時の価格だと「市川蝦蔵」が3500円で、あとは500~800円くらいでしたね。
「国際児童年」
1979年は「国際児童年」でした。その年に発売された、イラストレーター真鍋博氏がデザインした記念切手シートです。原画全体をシートにして、そこから切手が切り取られるというアイディアはさすがですね。
ちなみにこの切手。真鍋氏の原画の色を再現するために、特殊な印刷をしているのですが、それがなんと水ぶきすると消印が消えてしまうという、切手としては致命的な欠点がありました。
「ブータンの切手」
「世界一幸せな国」&「親日国」で有名なブータンは「変な切手」を発行していることでも有名です。それも「レコード型」とか「金属製」とか、『これはもう切手としての用途をなさないだろう』という極端なものも多く、一時は主要な輸出品だったそうです。
僕が持っていたのは「3D切手」です。特殊加工でホログラム的に動物が飛び出す仕様になっており、その出来の良さに驚きます。しかし動物の中に雪男までいるとは知らなかったですね。
「エラー切手」
エラー切手とは、印刷ミスやパウチングミスなどがある『市場に出回るはずのない切手の不良品』のことでして、これがまた収集家にとっては垂涎の的の逸品なのです。
当時は僕も目を皿の様にしてエラー切手を探しましたが、全く見つかりませんでした。まあ滅多にないから貴重なわけで、それも当たり前の話なんですが。
しかしエラー切手なんて、要は検品ミスですからね。そんな人様の間違いを大喜びでトレードするマニアっていうのは、全く持ってロクなもんじゃないですね。まあマニアなんてものは、切手マニアに限らず、得てしてロクなもんじゃないですが(偏見)。
僕が切手収集を始めた1979年は「昭和54年」でしたので、「昭和54年3月21日」という「54321」という日付のスタンプを入手するというイベントがありました。
翌年には「昭和55年5月5日」という「5555」イベントがあり、これもゲットしました。この日は郡山の郵便局でスタンプを押してもらったことをよく覚えております。さらに翌年、昭和56年7月8日というイベントもあったはずなのですが…その頃には…
「市川蝦蔵」購入作戦
僕は切手を収集する以前から「江戸文化大好き少年」でありました。それで地元のデパートで大江戸物産展が開催された際に『写楽のレターセット』などという、実に渋いものを買ってもらって喜んでいたのですが、中でも1番のお気に入りが、この市川蝦蔵だったのですね。
だからこの版画が切手になっていることを知った際にはかなり興奮しました。「これは絶対にゲットしなければ」と。
額面10円 売値3500円
しかしこの切手は『月に雁』や『見返り美人』ほどではないですが、2番人気グループに属する高額なものでありまして、カタログ価格は3500円もしたのです。当然のことながら小学校3~4年生にとって簡単に手の届く品物ではありません。
僕の親は『意味があるものの購入』に関しては、かなり太っ腹な人でしたが、さすがにプレミア切手1枚に3500円もお金を使うなんてことには、かなり懐疑的な様子でした。ですので僕はお小遣いをじりじりと貯めて、自分で切手を購入しなければならなかったのです。
その日から僕はケチケチ小学生になり、優しいおばあさんにアイス代をねだっては、まるでバブル期の絵画のトレーダーのように、それをそのまま『写楽購入資金』へと転用していたのです。
変動価格の落とし穴
半年ほど極貧生活を送った僕は、ついに目標の3500円を貯める事に成功しました。その調達資金を手に、繁華街の外れにある『コセキ宝飾店』にむかいます。そして店のおじいさんに高級切手の入ったケースを出してもらいました。いよいよご対面です…が、しかし、そこで僕は世の中の厳しさというものを知るのです。3500円だったはずの『市川蝦蔵』が、なんと3700円に値上がりしていたのです。たかが200円、されど200円。それは一小学生を絶望の海に叩き込むのに十分な金額なのでした。
微妙な未達成感
さすがにこの時は僕の落胆ぶりを憐んだ母親が200円を出してくれて、何とかその場で『市川蝦蔵』をゲットできたのですが…しかしながら、この何とも言えない微妙な未達成感が、その後の僕の切手収集人生というものに、とても暗い影を落としたような気がしています。
切手収集の終焉
モチベーションの低下
『市川蝦蔵値上がり事件』は、僕に『一番欲しいものを手に入れる達成感』と『さんざん苦労したのにスッキリしない不満足感』というものの、二つの感情を僕に与えてくれました。
そしてこの後は、切手収集に対する僕のモチベーションがあからさまに下がっていったのです。そもそも『これ以上』となると、今度は『月に雁』とか『見返り美人』の領域になってしまうのですね。さすがにそこまで頑張ろうという気持ちにはなれませんでした。
切手がタイガーマスクに
僕が小学校5年生になった1981年になると、もう僕の周りで切手収集をしているような友達は1人もいなくなりました。そして僕自身も憑き物が落ちたかのように、切手への興味を失って行ったのです。
その年の春に初代タイガーマスクがプロレスデビューし、空前の人気を誇るようになりました。僕は切手収集以上に、根っからのプロレスマニアでもあったので、趣味に使う時間も、お金も、よりプロレスの方に流れていきました。
しばらくすると「少年ジャンプ」の通販の広告に「タイガーマスクのマスク」が掲載されておりました。憧れのレプリカマスクです。値段は冗談ではなく『市川蝦蔵』と一緒の3700円です。
当然、僕はそれをどうしても欲しくなったのです。そんなわけで資金調達ですが、支払方法をよく見ると『切手でも可』と書いてあったのです。僕は一切のためらいなく切手コレクションからダブっているものを額面3700円分集め、通販でマスクを購入したのでした。
そうして僕の切手収集マイブームは完全に終わりを告げました。僕の中で切手はただの金券に成り下がってしまったのです。今や他の切手もどうなったのだか・・・実家のどこかにあるのでしょうか?
切手収集の今
切手収集ブームはこの1970年代が最期になり、以後、それが盛り上がることはありませんでした。現在アラフィフの僕の世代は、切手収集の世界の末っ子状態になっており、切手マニアの高年齢化が進んでいるそうです。これはもう現在の『紙の郵便媒体』の衰退ぶりを見ていますと、もうオワコンでやむなしという感じもしますね。
郵便局も「収集してもらえる切手(記念切手、コラボ切手)」から、「使ってもらえる切手(シールタイプ、可愛らしいデザイン)」にかなり前からシフトしているようですが、果たしてそれがどれほど効果があるのかという感じがしています。
現在、ヤフオクなどを見ると『月に雁』や『見返り美人』などが、シート単位で沢山出品されていて、しかもそれがかなり安値で驚きます。そして幼き日の僕が憧れた『市川蝦蔵』に至っては、それこそ3700円も出せば『シート買い』出来てしまうという価格崩壊ぶりでありまして、何だかもう複雑な気持ちになりますね。
「大人買いしないのか」って?
買うわけないでしょ(笑)。
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