【懐かしの自動販売機】相模原レトロ自販機の聖地 1970年代‐1980年代 スキップしてメイン コンテンツに移動

【懐かしの自動販売機】相模原レトロ自販機の聖地 1970年代‐1980年代

僕の住む神奈川県相模原市は『懐かしの自動販売機』の聖地がある事でも有名です。今日はその聖地巡礼レポートをお届けします。


中古タイヤ市場 相模原店 自販機コーナー

相模原市駅からバスで約30分ほどの相模原市の郊外に、レトロな自動販売機がたくさん並ぶ不思議な空間があります。周囲にはあまり建物がなく、暗がりに浮き出る自動販売機の灯は、なんだか宮沢賢治の童話のような、懐かしくも独特な雰囲気を醸し出しています。


この不思議な場所は、相模原市の「中古タイヤ市場相模原店」というタイヤ店です。当然『タイヤ店』でありますから、ここには少し前まで、店舗で取り扱う車のホイールが美しくディスプレイされていたのです(それはそれでとても奇麗でした)。それがある日突然、その場所に「自販機コーナー」なるものが併設されたのですね。しかもそれはご覧のように『大量のレトロ自販機が列を成す』という実に奇妙なものだったのです。

では一体、なぜタイヤ屋さんに大量のレトロ自動販売機が設置されたのでしょうか? 


レトロ自動販売機設置の理由


この自動販売機ついては、中古タイヤ市場代表の齋藤さん曰く

「タイヤの交換時などの待ち時間に、お客さんに何か楽しんでもらえるものはないかと思い、自分の趣味でもあったレトロ自販機を並べようと考えた。最初は3台だったが、お客さんの喜ぶ声を聞くうちに、どんどんと数が膨らんでいった」

とのことです。その数、今や47台!
お客さんを喜ばせすぎでしょ!…と突っ込みたくもなりますね。 このレトロ自動販売機の列はあっという間に噂を呼び、『懐かしのFOODS』目当ての家族連れなどで、週末などは特に賑わうようになっていきました。さらにその後も雑誌掲載やテレビの取材で認知度がどんどん上がっていきまして、今や相模原市の新しい観光スポットと呼ぶにふさわしい場所になっていったのです。なんせ僕は自宅から車で10分ほどですからね。これはもう行くしかありません。

レトロ自販機が47台!


社員の皆さんは「(齋藤代表は)面白い自販機のうわさを聞くと、仕事そっちのけで出かけてしまう」「メンテナンスも補充も、業者ではなく自分たちでやっているので、週末などは何の会社かわからなくなる」と笑いながらぼやいておられましたが、僕が見る限り皆さん実に楽しそうでした。

では早速潜入レポートを敢行します。

自動販売機レポート


CIGARETTES

『子どもシガレット』です。素朴な疑問ですが、こういうのは非行の水先案内人にならないのでしょうか? よくよく考えてみると実に不可解な商品です。そして左端の『ココアシガレット』は30円ぽっきりで、これは当時の感覚でも安かったのですね。だからつい買ってしまうのですが…これがまたビックリするくらい美味しくないんです。どこにもかしこにもココアテイストがないというか…ほんと「これがお菓子なの?」というレベルです。だから今でも現役で売っているのは不思議というか、これもまた不可解ですね(笑)。

※ココアシガレットを製造しているオリオン株式会社の商品紹介ページ

ロッテ チウインガム

堂々と『チウインガム』ですから圧倒されます。そして記憶が確かならばグリーンとクールミントとコーヒーとフルーツがオリジナルで、梅味は少し後の印象があります。

そういえばスポーツガム『クイッククエンチ』が発売されたときは驚きました。意味も解らず「これは未来のガムだ!」ってね(笑)。TVCMもキャッチーなものでとても印象に残っています。また復刻してほしいですね。

不二家ネクター

不二家ネクターというと、元ジャイアンツの江川卓さんのテレビCMを思い出します。それはピアノやらタップダンスやら妙に芸達者なものでして、当時アンチ江川だった僕は、それを見るたびに、苛立ちや胸焼けというものを隠せませんでした。はい。

しかしほんと、よくぞ集めたという『それっぽいラインナップ』ですね。そして『津軽りんごジュース』とか『ミルクセーキ』とかって今も現役で驚きました。特にミルクセーキなんて、今の子供はそれが何なのか自体解らないでしょうね。

※パレードミルクセーキのレビューページ

ボンカレー


NHKの土曜昼に放送されている『生活笑百科』の司会でお馴染みの笑福亭仁鶴師匠ですね。若さにびっくりです。そしてライス付きの自販機というのも凄いですね。炊いた御飯なんて本当に腐りやすいのに、どういう仕組みになっているのか、謎を知りたいです。

UCCコーヒー

今やスリム缶の6本自販機というものも、そうそう無いでしょうね。そしてこの並びは、僕の実家のそばの植木屋さんの『ビーボ』の自動販売機のラインナップにそっくりです。

奥出雲天然素材主義

実はこれは現役バリバリの自動販売機で、商品も島根県の木次乳業のプレミアムアイスクリームの現行品なのです。だから何故マニアックな地方自販機がここにあるのかと、ある意味、一番謎なものにもなっています。

※木次乳業ホームページ

カップヌードル



初期型の自販機はカップヌードルの蓋をしたままで、お湯の注ぎ口が直接ブッ刺さるという、なんとも斬新な機械だった記憶があります。あと少し残念なのは『透明なフォーク』が無かったことですね。純粋だった僕は世界中にこの自動販売機があって、さらには世界中の若者たちが、あの透明なフォークでカップヌードルを食べているものだと本気で信じ込んでいたのです。マジです。あの世界観というものに、僕はすっかり騙されておりました。

カップスター


♪カップスタ〜 食べたその日から〜
味のとりこに〜 とりこになりました♪

トーストサンド

これを見て、当然のことながら「懐かしいけど中身はどうしているのだろう?」と、僕も疑問に思っておりました。そんなある日、NHKの情報コーナーでこの場所が放送されまして『ホットフードは齋藤代表が自ら調べて再現した商品を仕込んでいる』と、プレハブの調理場所の様子が紹介されたのです。『なるほどそうだよな』と思いつつ、齋藤代表のレトロ自販機に対する情熱というものに驚いたものでした。

ほっかほっかハンバーガー

これも懐かしいです。地元のスケート場のゲームコーナーにありましたね。それにしてもこの『Mr.Burger』さんは、思わず「サンタクロースかよ!」とツッコミたくなるようなルックスてすね。そしてじっくり見ていると、なんだか晩年のマサ斎藤にも見えてくるという…

ラーメン

ラーメンの自動販売機なんてただでさえ怪しいのに、商品写真も会社名表記も一切なしの潔さ!その上でこの絵ですからね… 買う側の勇気が試される逸品です。
そういえば代表の齋藤さんは「もともと機械好きで、自販機の中がどうなっているか気になって次第にハマっていった」とのことですが、確かにこれは中身が気になりますよね。

みそ汁


最初は誰が買うのかと思いましたが、よくよく考えたらお弁当派の方などの需要はありますね。

マイクロウェーブポップコーン

これは初見でした。いかにも80‐90’Sというデザインですね。ちなみに『マイクロウェーブポップコーン』そのものは、あのコストコで購入可能です。そういや『マイクロマジック チンチンポテト』とかありましたね。

※コストコのマイクロウェーブポップコーンのレヴューサイト

DRINK COCA COLA

永遠に売り切れであろう1リットル瓶がイカしてますね。そういえばこの瓶は飲み口がとても大きかったので貯金箱がわりにも使われたものです。現行主流の1.5リットルのPETボトルは1983年から製造が始まりました。そのため1リットル瓶は市場から徐々に姿を消していきまして、1989年に正式に廃止されたのです。もうそれから30年以上経つのですね。

うどんそば

この自販機コーナーで不動の一番人気なのは、この『うどん そば』とのことです。週末は何百食単位で売れるそうで、いやはや凄いものですね。そしてこのデザインも個人的に本当に懐かしいです…が、…しかしながら、これが地元のどこに設置されてあったのか、いくら考えても全く思い出せないのです。もう本当に忘却の彼方でして…時の流れはというものは、時に悲しいものですね。

そんなわけで、以上、主だったもののレポートでした。皆さまもぜひ訪ねてみてくださいね。

アクセス

中古タイヤ市場相模原店

神奈川県相模原市南区下溝2661-1
TEL 042-714-5333
営業時間  10:30~19:00 年中無休
(※自動販売機トラブル対応時間)

相模原駅よりバスで約25分
相模原市南口【相25】乗り場
相模大野駅北口行き
相模原浄水場で下車徒歩4分

僕のお勧めは怪しげなライティングに浸れる夜間です。バスの本数は結構ありますが、現地には駐車場がありますので、なるべくなら車がいいと思いますよ。






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