ビョルン・アンドレセン【史上最高の美少年】『ベニスに死す』1971 スキップしてメイン コンテンツに移動

ビョルン・アンドレセン【史上最高の美少年】『ベニスに死す』1971

美少年の代名詞として半世紀余りも君臨し続ける「ビョルン・アンドレセン」。今日はそんな彼の伝説の映画「ベニスに死す」を振り返りながら、名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督が求めた「究極の耽美の世界」についての噺をしていきます

 

タッジオ以前のビョルン・アンドレセン

彼は1955年、スウェーデンのストックホルムで生まれました。幼年期に父に捨てられ母が自殺するという、あまりに過酷な生い立ちを持っています。その後、祖母に育てられ、音楽学校に進学したのちロックに傾倒。14歳の時に祖母の勧めで子役としての活動を始め、『純愛日記(スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー)』の端役で銀幕デビューします。


たった3分程度の出番でしたが、美少年ぶりは半端なく、この経験が次につながっていくのです。

タッジオを求めて

1970年、ヴィスコンティ監督が『ベニスに死す』の映画化の為に、主人公の作曲家を虜にする少年タッジオ役を求めてヨーロッパ中を探しておりました。その時のオーディションの模様がこれですね。これは『タッジオを求めて』というイタリアの公共放送の30分番組になっています。


ヴィスコンティ監督は文句ばっかり言ってますが、明らかに喜んでいますね。そんなわけで数千人の候補者の中から最終的にアンドレセンさんがタッジオ役に決定しました。

「ベニスに死す」とは?

原作

原作はドイツの作家トーマス・マン氏の同名小説です。これは彼がヴェネチア旅行をした際に、実際に出会ったポーランド人の少年を描いた小説で、完全に実話に基づくものでした。ちなみに原作では「初老の作家と美少年の出会い」が描かれておりますが、それは映画では「初老の作曲家」に変更されています。

映画のあらすじ


ドイツの高名な老作曲家アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)は静養の為に赴いたベニスで、究極の美を体現したような美少年タッジオ(ビョルン・アンドレセン)に出会う。ゆるくカールした金髪と澄んだ碧眼の瞳。まるでギリシャ彫刻のようなタージオにアッシェンバッハは次第に心を奪われてゆく…。

主な宣伝文句


『ただひたすらに美しい、愛と死の一大交響詩』
『壮麗な水の都を舞台に巨匠ビスコンティが描き上げる究極の「美」』
『美は滅びない』

マーラー作曲「アダージェット」


映画であまりにも印象的に使われている音楽は、マーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」です。少年タッジオの儚い完全性というものを表現し得る諸情的な曲であり、そこにはビスコンティ監督自身の美意識と、さらには迫りくる老いに対する切なさの叫びも伴っているのです。

甘美な敗北 


10代の頃、最初にこの映画を視た際に、僕は「タッジオの美少年ぶり以外よく解らん映画。作曲家のおっさんもイミフだし」なんて思ったものですが・・・今はもうただ切ないですね。そう、昔はタッジオ側だったのに、今や完全にアッシェンバッハ側だという・・・そして老いに抗う事すら許してくれないヴィスコンティ監督の美意識には完敗です。


そしてこの映画は美少年への届かぬ思いばかりクローズアップされますが、創造者として神に敗北していく様もまた実に切ないのです。僕も一応は作り手なのでアッシェンバッハの気持ちが良く解ります。その上で、それが本人…というか、ヴィスコンティ監督的にも『甘美な敗北』なのだという事が良く解るのです。

アンドレセン来日

映画のヒットを受けて、アンドレセンさんは1971年から1972年にかけて、映画のプロモーションと明治製菓のCM撮りのために2度来日します。


「耽美」という観念に理解が深い日本において、映画とアンドレセンさんの人気はとても高まりました。そしてそんな日本での活動を広げることは、育ての親の祖母の強い勧めだったそうです。そんな祖母は、彼にとって「ステージママ」的な存在だったのかもしれませんね。



しかしながら・・・

確かに想像を絶する美少年ぶりではあるのですが・・・来日時のショットをこうやって改めてみますと、そこに綻びのようなものを感じてしまうのも、僕の正直な気持ちなのです。


それは映画の撮影から来日までの僅かな時間の経過というものに加えて、やはり「ヴィスコンティが生み出したタッジオ」と「現実のビョルン・アンドレセン」には明らかな違いがあったという事なのでしょう。タッジオはタッジオで完結していたのだと改めて感じます。

日本語で歌も歌ってます。あまりの昭和テイストに悶絶!

ビョルン・アンドレセンの今

映画からほぼ半世紀。あの美しいタッジオが今どうしているのかと言いますと・・・彼はもともと専攻していた音楽の世界で教師をしているそうです。そして芸能活動も続けています。


47年ぶりの来日

実はアンドレセンさんは2018年に47年ぶりの来日をしているのです。それは自身のドキュメンタリー映画に関する事でした。


「日本への思いは強かったけれども、15才だった当時は何が起きているのかを理解するよりも早いスピードで周囲が動いていた。やがて年をとるにつれて、あの時ずいぶん迷惑をかけたのではないかと思いはじめた。できたらまた日本を訪れたいと思っていた。」


「ミッドサマー」


さらには現役バリバリと言いますか、日本でも2020年に公開されているスウェーデン映画「ミッドサマー」に、アンドレセンさんは(様々な意味で)重要な役どころで出演されております。

 64歳にしては老けすぎな気もしますが・・・

タッジオについて




「タッジオはトラウマではなかったにせよ、永遠に続く影の様なものだった。彼無しの人生はいずれにせよ楽だっただろうが、面白みも少なかっただろう」

2002年 ビョルン・アンドレセン



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