20世紀@玉手箱 スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

8月, 2020の投稿を表示しています

80年代の女性アイドル総選挙④【アンダーガールズ】 17-32位(16人)

80年代の女性アイドルの総選挙の④です。【80】にちなんで80人選出。ランキングは80~89年デビューのアイドル限定です。それゆえ『角川三姉妹』など女優色の強い人は除いています。さらにソロデビューの多かった『おニャン子クラブ』はグループでひとまとめにしています。 【アンダーガールズ】 17-32位(16人) 32位 少女隊 1984年デビュー。 デビュー時に『総額30億円デビュー』と話題になったアイドルグループ(実際、巨額のプロモーション費用を費やしたことが一因となり、所属事務所は倒産した)。 名曲「FOREVER〜ギンガムチェックstory〜」でデビューするも、初期メンバーのチーコが怪我で活動辞退になるなど、数々の不運により大ブレイクには至らず、1989年に解散した。 ◆安原麗子 声優として活躍中。一女の母。◆藍田美豊 引退し結婚。三児の母(モデルの入夏は実娘)◆市川三恵子 引退後に結婚。現在は夫婦で美容院を営む ◆引田智子 結婚し芸能界を引退。 31位 芳本美代子 1985年デビュー。 幼年期から歌唱力に定評があり、地元広島では注目を集める子供だった。1983年にテイチクレコードにスカウトされ芸能界入り。 1985年に『白いバスケットシューズ』でデビュー。同期アイドルが多数いたことに加え、おニャン子クラブの台頭という『アイドルインフレ期』であったが、飾らない性格から女性ファンの支持も受けて人気を伸ばし、年末の各音楽祭でも新人賞を獲得した。 1990年、第28回ゴールデン・アロー賞・演劇新人賞を受賞。以降活躍の場は演劇の世界へと移っていった。 1996年に金山一彦と結婚し一女をもうけるも2013年に離婚。2016年に一般男性と再婚。 30位 岩崎良美 1980年デビュー。 歌手岩崎宏美の実妹であり、姉に憧れて芸能界入り。1980年の歌手デビュー以降、スマッシュヒットを重ねる。 1985年にアニメ『タッチ』の主題歌を担当。発売当初の売り上げはそれほどではなかったものの、アニメの人気と楽曲そのものの人気により、年代を超えたメガヒットとなった。 歌手休業中の90年代は舞台の世界でも活躍した。その後、歌手活動再開以降は姉宏美との共演の機会が増えていった。 2011年に医師と結婚するも、2018年に離婚している。 「タッチ」夜ヒット 29位 伊藤麻衣子 1983年デビュー。

80年代の女性アイドル総選挙③【ネクスト ガールズ】33 - 48位(16人)

 80年代の女性アイドルの総選挙の③です。【80】にちなんで80人選出。ランキングは80~89年デビューのアイドル限定です。それゆえ『角川三姉妹』など女優色の強い人は除いています。さらにソロデビューの多かった『おニャン子クラブ』はグループでひとまとめにしています。 【ネクスト ガールズ】33-48位(16人) 48位 大西結花 1985年年デビュー。 1984年にテレビドラマのヒロインオーディションに合格し芸能界入り。1985年の映画『台風クラブ』でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。同じく1985年にアイドル歌手としてデビューする。 デビュー以後は鳴かず飛ばずだったが、1986年に『スケバン刑事III 』の風間三姉妹の長女役を演じブレイクする。この時に共演した浅香唯、中村由真とは仲が良く、今でも親交がある。 その後は女優業で活躍するも、1998年に所属事務所が倒産し、社長が失踪するなど苦労が続く。その後はレースタレントなどを経て、2012年に17歳年下の一般人男性と結婚した。 47位 CoCo 1989年デビュー。 テレビ番組『パラダイスGoGo!!』の乙女塾から誕生したアイドルグループ。メンバー5人で1989年にデビュー。1992年にセンターの瀬能あづさが脱退し、その後は4人で活動を続けたが、その2年後の1994年に解散した。 ◆瀬能あづさ ソロ活動後、96年に結婚引退。その後離婚。◆羽田恵理香 2012年に第一子を出産。未婚の母となる。◆大野幹代 2002年に所属事務所社長と結婚。出産を機に引退。◆三浦理恵子 ダイヤモンドユカイと結婚するも離婚。2015年に一般人男性と再婚。◆宮前真樹 食育の分野で実業家として成功。2018年に写真家と結婚。 46位 松本典子 1984年デビュー。 オーディション史上、最大の応募人総数(18万人)だった第3回「ミス・セブンティーンコンテスト」にてグランプリを獲得(網浜直子と同時受賞)。 翌1985年に『春色のエアメール』にてデビュー。シングル曲の楽曲制作陣にはEPO、呉田軽穂(松任谷由実)、麻生圭子、湯川れい子、久保田利伸、中島みゆきなど錚々たる面々が並ぶが、本人悲願の『ザ・ベストテン』のランクインはならなかった。 その後、石野陽子とともに、志村けんのもとで『バラドル』として開花する。1992年にプロ野球選手の笘篠賢治と結婚。3

80年代の女性アイドル総選挙②【フューチャー ガールズ】49-64位(16名)

 80年代の女性アイドルの総選挙の②です。【80】にちなんで80人選出。ランキングは80~89年デビューのアイドル限定です。それゆえ『角川三姉妹』など女優色の強い人は除いています。さらにソロデビューの多かった『おニャン子クラブ』はグループでひとまとめにしています。 【フューチャー ガールズ】49-64位(16名) 64位 松本明子 1983年デビュー。 二代目アン・ルイスのイメージで「♂×♀×Kiss」でデビューするもヒットチャートは低迷。 生放送中に放送禁止用語を言ってしまった事からアイドル業界から干されるも、事務所の後輩の中山秀征の手ほどきにより『バラドル』として大ブレイクを果たした。 その後もバラエティータレントとして現在まで活躍中。長年便秘症に悩んでいたことを告白し、腸活本を発表して話題になっている。 「♂×♀×Kiss」意外と耳から離れないスルメ曲。うっかり口ずさまないように注意が必要です。 63位 小沢なつき 1987年デビュー。 1986年に新宿でスカウトされ芸能界入り。1987年に「追いかけて夏」で歌手デビュー。清純派アイドルとして人気を博した。 1989年に『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』でテレビドラマ初主演するも、マネージャーと駆け落ち騒動を起こし突然降板。番組は終了し、そのまま芸能界から引退となった。 1993年にヘアヌードで復帰。2004年にはAV女優に転身。2015年まではSNSなどで近況を知らせていたが、現在の消息は不明である。 62位 志村香 1985年デビュー。 菊池桃子主演の『パンツの穴』の続編ヒロインオーディションで優勝。『パンツの穴2』でヒロインを演じた。 菊池桃子の後輩として同じ路線で売り出されていくが、大ブームとなった『おニャン子クラブ』の割を食う形で、次第にフェードアウトしていった。 デビュー曲『曇り、のち晴れ』は尾崎亜美の作品で、アイドルソングの良曲として人気が高い。事務所との契約満了をもって引退。現在は主婦とのこと。 「曇り、のち晴れ」 61位 甲斐ちえみ 1980年デビュー。 黄金の80年組であり、強力なライバル陣に対して、歌の方では影が薄かったが、現役アイドルとしては異例のヌード写真集を突然出版して話題をさらった。 アイドル時代から数々のヒットドラマに出演し、1987年には連続ドラマの主役にも抜擢され、女優としての