80年代の女性アイドル総選挙⑤【選抜メンバー】1-16位(16名) スキップしてメイン コンテンツに移動

80年代の女性アイドル総選挙⑤【選抜メンバー】1-16位(16名)

80年代の女性アイドルの総選挙の④です。【80】にちなんで80人選出。ランキングは80~89年デビューのアイドル限定です。それゆえ『角川三姉妹』など女優色の強い人は除いています。さらにソロデビューの多かった『おニャン子クラブ』はグループでひとまとめにしています。



【選抜メンバー】1 - 16位(16名)


16位 松本伊代

1982年デビュー。

1981年にバラエティ『たのきん全力投球!』の田原俊彦の妹役オーディションに合格し芸能界入り。同年10月にアイドル歌手としてデビュー(年度的には82年組)。

デビュー曲の『センチメンタルジャーニー』の歌詞に「伊代はまだ16だから」と個人名が入っている事が話題となった。

「センチメンタルジャーニー」

当時の放送基準により、NHKの番組(『レッツゴーヤング』など)では、歌詞の『伊代は』を『わたし』に変更して歌う事にしていた。

『花の82年組』のトップアイドルとして長く活躍し、20代に入ってからは、情報番組の司会業もなども卒なくこなすようになった。

1993年、タレントのヒロミと結婚。2男の母。



15位 堀ちえみ

1982年デビュー。

第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンで優勝して芸能界入り。『花の82年組』の一人である。

1983年『スチュワーデス物語』に主演。番組は社会現象的なブームを巻き起こし、堀の人気を絶対的なものにした。劇中での「教官」「ドジでノロマな亀」などの台詞は、新語・流行語大賞の大衆賞を受賞した。

知名度のわりに楽曲のヒットに恵まれずにいたが、1985年の『リ・ボ・ン』がヒット。自身の代表曲となった。1987年に芸能界を電撃引退するも、2年後に事務所を変え復帰した。

「リボン」

私生活では結婚再婚を繰り返し、7人の子どもの母でもある。

現在は舌癌で闘病中であることを公表しており、病状と向き合いつつ芸能活動を継続している。


14位 河合奈保子

1980年デビュー。

1980年「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」で優勝し芸能界入り。同年歌手デビューを果たす。同期の松田聖子らとともに『80年代アイドル黄金期』の礎を作っていった。

グラマラスな肉体はグラビアの世界でも人気であり、近代映画社刊の写真集(全7冊)は大きな人気を呼んだ。

17歳の誕生日

歌の上手さにも定評があり、映画『ルパン三世バビロンの黄金伝説』の主題歌を担当した際、立ち会った大野雄二が河合の歌唱力を絶賛した。1980年代半ばからは自作曲を発表。アイドルから本格派の歌手へと脱皮していった。

1996年結婚。1997年の出産以後、メディアにはほとんど姿を見せていない。


13位 柏原芳恵

1980年デビュー。

1979年『スター誕生!』でグランドチャンピオンを獲得し芸能界入り。ポスト山口百恵世代の1980年組である。

1981年『ハロー・グッバイ』のヒットによりブレイク。ランキング番組の常連になる。1983年に『春なのに』がメガヒット。『紅白歌合戦』へ初出場を果たした。

1986年には柏原のファンだと公言していた浩宮殿下(今生天皇)がリサイタルに訪れ大きな話題となった。

「花梨」名曲です。

1980年代終盤からはマルチタレント活動へ移行。事務所も移籍。同期の河合奈保子同様にグラビアの世界でも人気を博した。

現在は舞台・リバイバルコンサートなどで息の長い芸能活動を続けている。


↓ここからメディア選抜です↓


12位 浅香唯

1985年デビュー。

デビュー後しばらくはヒットに恵まれなかったものの、翌1986年に『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』で3代目麻宮サキで抜擢されると人気がブレイクした。

1987~88年のトップアイドルとしての活躍は突出しており、オリコンチャート、ザ・ベストテン、歌のトップテンで一位を獲得。映画『YAWARA』で主役を務め、CMにも多数出演した。

「C-Girl」本人もお気に入りの楽曲

1988年にバックバンドの西川貴博との交際が発覚。アイドル人気に限りを見せたが「忙しすぎたから休みたかった」という本人には、全く後悔はなかったとのこと。

休養を挟みつつも芸能活動を継続。2002年に西川と結婚。一女の母。



11位 Wink

1988年デビュー。

『ミス・アップコンテスト』において、鈴木、相田ともにグランプリを獲得し芸能界入り。1988年にWinkとしてデビューする。

同年『淋しい熱帯魚』の大ヒットにより『全日本有線放送大賞』のグランプリと『日本レコード大賞』の大賞をW受賞。『紅白歌合戦』への出場も果たした。

しかしこの年のレコード大賞は、同年死去した美空ひばりの『川の流れのように』を推す人が多く、Winkの同賞受賞は世間から好意的には受け止められなかった。

以降、徐々に人気は低迷。1996年に解散。『シンガーソングライター』としてのソロデビューに二人は前向きではなく、表舞台からフェードアウトしていった。

「寂しい熱帯魚」

◆鈴木早智子 Winkの活動停止以後はバラエティにも進出。私生活でのトラブルも報じられる中、ヌード写真集出版やセクシービデオの主演など「お色気路線」に移行した時期もあった。現在は事務所を移籍し、王道な形での芸能活動を徐々に復活させている。

◆相田翔子 Winkの活動停止はマイペースの芸能活動を続け、女優業もそつなくこなしていった。2008年に医師と結婚。2012年に女児を出産。


Winkの活動停止はあくまで「事務所都合」であって、2人の仲そのものは良好だった。それゆえ再結成にもわだかまりはなく、近年は歌番組などでの『Wink復活』の機会が増えている。



10位 荻野目洋子

1984年デビュー(ソロデビュー)。

年少のときオーディションに合格し、小学生ユニット 「ミルク」としてデビューしている。1983年にアニメ『みゆき』に声優として出演。翌年ソロ歌手として再デビュー。1985年に『ダンシングヒーロー』がメガヒットしブレイクを果たす。

1986年のアルバム『NON-STOPPER』は、アイドルの域を超えた名盤として称えられ、年間アルバム売上No1作品にも輝いている。

2001年に結婚しその後3女を出産。子育てに専念するために一時休業状態となった。

2017年に「バブリー・ダンス」で『ダンシングヒーロー』が再ブレイク。本人も多数のTV出演を果たした。

「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」荻野目洋子



9位 菊池桃子

1984年デビュー。

菊池の写真を見た音楽関係者がスカウトし芸能界入り。1984年に『パンツの穴』のヒロインを演じ、同時に歌手デビューも果たす。

1985年のドラマ『卒業-GRADUATION- 』で主演し、同タイトルのシングル曲は自身初のオリコン1位獲得曲となった(以降、7作品連続で1位を獲得)。同年、日本武道館の単独公演も成功させ、トップアイドルとしての地位を不動のものとした、

1987年には『24時間テレビ愛は地球を救う』のメインパーソナリティーを務める。


1988年、ロックバンド『ラ・ムー』を結成。イメージチェンジを図るも失敗し、以後の活動は女優業中心となる。

私生活においては、1995年にプロゴルファーの西川哲と様々なトラブルを乗り越えて結婚。その後一男一女の母となるも2012年に離婚した。

長女が障害児であることがきっかけとなり、教育活動を積極的に行うようになる。2015年には一億総活躍国民会議の民間議員に選出され、翌2016年に文部科学省 初等中等教育局視学委員に就任した。

2019年に経済産業政策局長と再婚。世間を驚かせた。

「 雪にかいたLove Letter」謎のチアダンサー集団



8位 南野陽子

1985年デビュー。

1984年、高校に在学中にスカウトされて上京。堀越高等学校に編入。1985年歌手デビュー。同年『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で2代目麻宮サキ役を演じ、人気がブレイクする。

1987年、映画『スケバン刑事』に主演。主題歌の「楽園のDoor」でオリコンチャート初の1位を獲得する(その後、計9曲でオリコン1位となる)。さらに翌1988年度のブロマイド年間売上では第1位となり、CM出演も多数。押しも押されもせぬトップアイドルとして君臨した。

「話しかけたかった」

1989、1990年と、2年連続で『24時間テレビ』のメインパーソナリティを務める。

1992年、歌手活動を休止。

同年の映画『寒椿』と『私を抱いてそしてキスして』で主演。にヌードや濡れ場をいとわぬ姿勢を見せ、清純派アイドルからの脱却に成功した。

1992年度の日本アカデミー賞主演女優賞を受賞。以後、女優業に専念する。

2011年に会社経営者と結婚した。



↓これより【神7】↓


7位 斉藤由貴

1985年デビュー。

1984年度ミスマガジンでグランプリに選ばれ「青春という名のラーメン」のCMでTV初登場。

1985年『卒業』で歌手デビュー。『スケバン刑事』で連続ドラマ初主演し爆発な人気となった。年末には初の主演映画『雪の断章 -情熱-』が公開。各映画賞の新人賞を受賞。

「白い炎」

1986年に朝の連ドラの『はね駒』のヒロインを演じ平均視聴率40%を記録。『紅白歌合戦』へ初出場し、最年少のキャプテンを務めた。同年のアルバル『ガラスの鼓動』シングル『青空のかけら』はオリコンチャートでの第1位を獲得した。

1990年代以降は女優業を中心に活動。現在に至るまで、出演作品は多数に及ぶ。

1990年に雑誌の対談で知り合った尾崎豊と熱愛関係になり、翌年雑誌フォーカスにスクープされる。尾崎は妻子ある身であり、これは不倫関係であった。

さらに1993年には、またしても妻子ある川崎真世と不倫関係に陥り、双方が謝罪会見に追い込まれる事となった。これにより斉藤は『魔性の女』と称されるようになる。

1994年に一般男性と結婚し3人の子供を持つも、2017年には開業医との長きにわたる不倫が発覚。『魔性の女』の健在ぶりを世に知らしめた。



6位 中山美穂

1985年デビュー。

中1の時に原宿でスカウトされ芸能界入り。ジュニアモデル業として売れっ子となる。1985年に『毎度おさわがせします』で女優デビュー。同年歌手デビューも果たす。

さらに同年、映画『ビーバップ・ハイスクール』でヒロイン役を務め興行的に大成功を収めた。年末には新人アイドルが豊作だった同年度の日本レコード大賞において、新人の頂点である最優秀新人賞を受賞した。

「WAKU WAKUさせて」

以後、2000年代まで、アイドル歌手としても女優としてもヒット作を連発。押しも押されもせぬトップスターとして芸能界に君臨し続けることとなった。

2002年、ミュージシャンで小説家の辻仁成と結婚。フランス・パリに移住した。しかしながらこれは『事後承諾』的なものであり、それによりいくつかの仕事に穴を開ける事となった。

2004に長男を出産。しばらくは育児に専念していたが、その後徐々に芸能活動を再開していくようになった。

2014年に辻との離婚を発表。その離婚の原因が自身の不倫であった事と、さらには子の親権が辻にあることが判明し、中山は各方面から猛バッシングを受けた。

現在は当時の不倫相手と別れ、新たな恋に夢中と伝えられている。



5位 宮沢りえ

1989年デビュー。

小6の時に子役モデルとして芸能界入り。CMに多数出演する。1987年、初代リハウスガールを務め話題を集める。

1988年、映画『ぼくらの七日間戦争』で主役を務め、日本アカデミー賞新人賞を受賞。以後、多岐にわたりバブル期を代表するスーパースターとして芸能界に君臨する。

「宮沢りえCM集」

1989年『スワンの涙』で連続ドラマ初主演。同年9月に小室哲哉プロデュースで歌手デビューを果たす。また同年に発売された1990年用カレンダーでは、大胆な『ふんどしルック』が話題を呼ぶ。

1990年『NO TITLIST』でオリコン1位を獲得。同年『紅白歌合戦』に初出場。紅白初の中継出演が話題を呼んだ。

1991年にヘアヌード写真集『Santa Fe』発売。150万部のベストセラーとなる。1992年 貴花田との婚約を発表。大きな話題となるも、わずか2か月で婚約解消を発表した。

以後、バッシング報道が相次ぐ。本人も異常な激やせ状態になり、1995年、映画『藏』の降板騒動を起こす。その後渡米を発表し、芸能活動休止に追い込まれる。

しかし2000以後は女優として完全復活。映画や舞台において国際的なものも含めた多数の主演女優賞を受賞。日本を代表する女優の一人となった。

2009年に一般男性と結婚し女児を出産するも2016年離婚。2018年に交際が噂されていたV6・森田剛と結婚した。



4位 おニャン子クラブ

1985年デビュー。

1985年、フジテレビ『夕やけニャンニャン』の番組内アシスタントとして芸能界デビュー。シングル「セーラー服を脱がさないで」がヒットして大ブレイク。

以降、人気は社会現象となり、おニャン子クラブのグループ、ソロ、ユニットなどで、シングル、アルバム、ビデオ、写真集を絶え間なくヒットさせる。

特に人気が爆発期だった1986年度は、オリコンシングルチャート1位獲得曲の46曲中、おニャン子クラブ関連が30曲に上るという快挙を成し遂げた。

しかし1987年に人気が急落。8月31日の『夕やけニャンニャン』の番組終了に伴い、わずか2年半の期間でその活動が閉じられた

おニャン子クラブ - 会員番号の唄 (ファイナルコンサート)


星の数ほどいたおニャン子クラブからのソロデビュー組の中で、特に『河合その子』と『工藤静香』の両名が、商業的な成功を収める事となった。

河合その子

1985年「涙の茉莉花LOVE」でソロデビュー。オリコンチャート1位に輝く。以降ソロ歌手として活動。1994年 作曲家の後藤次利と結婚し引退。

工藤静香

1987年「禁断のテレパシー」でソロデビュー。その後、1980年代後半から1990年代後半に渡りヒット曲を連発し、紅白歌合戦出場も8回に及んだ。2000年にSmapの木村拓哉と結婚しセミリタイア状態になる。現在2女の母。



3位 小泉今日子

1982年デビュー。

1981年『スター誕生!』で合格。翌年デビュー。デビュー初年度は『花の82年組』として清純派路線の普通のアイドルであった。

1983年、ショートカットにイメージチェンジ。ドラマ『あんみつ姫』で主演を果たす。元気かつ自由奔放なキャラクターが小泉本人のイメージとも重なり人気を博した。

1984年『渚のはいから人魚』でオリコンチャート1位を獲得し『紅白歌合戦』に初出場を果たした。以後5年連続出場。

この時期から一人称を『コイズミ』と呼ぶようになり、その言動も歯に衣着せぬものとなった。ファッションも過激なものに変化し、それに憧れる女性ファンも急増していった。

1985年にはドラマ『少女に何が起こったか』が大ヒット。さらに同年、話題曲『なんてったってアイドル』をリリース。これは当時流行った『ギョーカイ人のコイズミ遊び』の一例でもあった。

なんてったってアイドル【ザ・ベストテン豪華版第1位】

以後も歌手、女優として安定した人気を誇り、1991年には作詞を手掛けた『あなたに会えてよかった』がミリオンセラー。日本レコード大賞では作詞賞とゴールドディスク賞を受賞した。

2000年以降は女優業を中心に活躍。2013年の連続テレビ小説『あまちゃん』での母親役は大きな評価を受けた。

私生活では1995年に俳優・永瀬正敏と結婚するも2004年に離婚。現在、俳優で妻子ある豊原功補との関係が話題となっている。



2位 中森明菜

1982年デビュー。

1981年『スター誕生!』で合格し芸能界入り。1982年歌手デビュー。2枚目のシングル「少女A」および3枚目の「セカンド・ラブ」で大ブレイクを果たす。以後、トップアイドルとしてヒットチャートのトップに君臨する。

「セカンドラブ」

1980年代のアイドルとしてはシングル、アルバムの双方ともに売り上げの最高記録を持ち、1985年の『ミ・アモーレ』1986年の『DESIRE -情熱-』と、2年連続となる日本レコード大賞も受賞した(女性初)。

1987年に第1回日本ゴールドディスク大賞でアーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。同年4月、ドラマ『ベスト・フレンド』で初主演を務めた。

「DESIRE」

名実ともに芸能界のトップに君臨するも、1989年に当時交際をしていた近藤真彦の自宅マンションにて自殺未遂を起こす。謝罪会見後、芸能活動を一時期休止する。

復帰後、シングル「Dear Friend」をリリースし、オリコンランキングで1位を獲得。1992年には「素顔のままで」で、安田成美とダブル主演。平均視聴率26.4%の高視聴率を記録し、女優としての才能も開花させた。

しかし1999年に主演ドラマを途中降板。さらには事務所とのトラブルが報じられる。以後は精神的な不調も伝えられ、活動そのものも不安定なものとなっている。



1位 松田聖子

1980年デビュー。

松田の歌声を聴いたCBSソニーの若松宗雄が、各事務所に売り込みをかけ、最終的にサンミュージック所属となる。

1980年に『裸足の季節』でデビューするも、当初サンミュージックの相沢社長はルックスを評価しておらず、松田へのプロモーションには積極的ではなかったと言われている。

その後、CMソングとなった『裸足の季節』が評価されるにつれて歌番組への出演が増加。『レッツゴーヤング』のサンデーズにも選ばれ、松田の人気は急上昇していく。

セカンドシングルの「青い珊瑚礁」が『ザ・ベストテン』で1位を獲得。同年に引退した山口百恵の後継者と目されるようになった。

 チェリーブラッサム (1981年)

小麦色のマーメイド

その後の楽曲も続けざまに大ヒットし、1980年の3枚目のシングル「風は秋色」から1988年の26枚目のシングル「旅立ちはフリージア」まで24曲連続でオリコンチャート1位を獲得。松田の人気は80年代アイドルの頂点に達した。

また『ぶりっ子』と称される仕草や容姿も注目され、彼女のレイヤーヘアは『聖子ちゃんカット』と呼ばれ大流行した。

人気絶頂期の1985年、交際していた郷ひろみと破局したことを記者会見で涙ながらに報告した。しかしそのわずか数か月後に、映画で共演した神田正輝との婚約を発表して世間を驚かせた。その後、1986年に神田正輝との間の長女・沙也加を出産した。

松田聖子 & 田原俊彦 メドレー (神田正輝との婚約発表前日に収録)

1990年代は海外志向を高め、全編英語のアルバムのリリースや海外での映画出演を果たした。

1997年 神田正輝と離婚。

1998年 歯科医師と再婚。「ビビビッと来た」というコメントが『ビビビ婚』として流行語になったが2000年に離婚した。

以降も音楽活動を継続。80年代アイドルの象徴として今もなお活躍している。

「制服」


最終確定順位


【選抜メンバー】 1 - 16位 (16名)

1位 松田聖子

2位 中森明菜

3位 小泉今日子

4位 おニャン子クラブ

5位 宮沢りえ

6位 中山美穂

7位 斉藤由貴


以上、『神7』


8位 南野陽子

9位 菊池桃子

10位 荻野目洋子

11位 Wink

12位 浅香唯


以上、『メディア選抜』


13位 柏原芳恵

14位 河合奈保子

15位 堀ちえみ

16位 松本伊代



【アンダーガールズ】 17 - 32位 (16名)

17位 森高千里

18位 早見優

19位 酒井法子

20位 石川秀美

21位 岡田有希子

22位 西村知美

23位 後藤久美子

24位 井森美幸

25位 西田ひかる

26位 三原じゅん子

27位 本田美奈子

28位 富田靖子

29位 伊藤麻衣子

30位 岩崎良美

31位 芳本美代子

32位 少女隊


【ネクスト ガールズ】 33 - 48位 (16人)

33位 田村英里子

34位 長山洋子

35位 伊藤つかさ

36位 三田寛子

37位 ribbon

38位 山瀬まみ

39位 石田ひかり

40位 八木さおり

41位 わらべ

42位 森尾由美

43位 高岡早紀

44位 工藤夕貴

45位 石野陽子

46位 松本典子

47位 CoCo

48位 大西結花


【フューチャー ガールズ】 49 - 64位 (16名)

49位 杉浦幸

50位 武田久美子

51位 島田奈美

52位 セイントフォー

53位 岩井小百合

54位 島崎和歌子

55位 佐野量子

56位 渡辺桂子

57位 森口博子

58位 水谷麻里

59位 大沢逸美

60位 立花理佐

61位 甲斐ちえみ

62位 志村香

63位 小沢なつき

64位 松本明子


【アップカミング ガールズ】 65 - 80位 (16名)

65位 新井薫子

66位 宇沙美ゆかり

67位 北原佐和子

68位 伊藤さやか

69位 姫乃樹リカ

70位 つちやかおり

71位 畠田理恵

72位 太田貴子

73位 仁藤優子

74位 桑田靖子

75位 白田あゆみ

76位 小高恵美

77位 小川範子

78位 橋本美加子

79位 スターボー

80位 成清加奈子


以上

 

80年代の女性アイドル総選挙②【フューチャー ガールズ】49-64位(16名)




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