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悪のり変装曲【なぜルパンの目は赤く光ったのか?】1984

人気アニメ「ルパン三世」において、屈指の「謎エピソード」「トラウマ回」と言われているのが、ルパン三世パート3の第13話「悪のり変装曲」であります。今日はその「謎」を徹底的に紐解いて行きます。



悪のり変装曲


『悪のり変奏曲』は、ルパンの第2シリーズを監修した鈴木清順氏が脚本、監督した作品です。これは原作エピソードの『悪のり』と『変装曲』と『凶』いう、3つのエピソードを強引に組み合わせたオリジナルストーリーになっています。

 あの銭形につかまってしまうほど絶不調なルパン

 スランプのルパンの元にバカンスのはずの不二子が登場

 ルパンを大富豪マダム・ルイサのパーティに侵入させる

 城ごと飛び立って戦争見物。貴婦人たちは自慢話

 ハイジャックに便乗してルパンは宝石集め

  しかしハイジャックに捕えられるルパン
 「どうして俺が必要だったんだ」
 「あなたの出番はこれからよ」

 銭形の元にマダム・ルイサよりハイジャックの連絡が来る

 ルパンの身代金はたった10ドルしか集まらない

 身代金不足のためルパンの死刑執行を告げる不二子

 見世物代わりの死刑の寸前にカラスの大群が襲ってくる

 混乱に乗じてルパンを救出する銭形だが、谷底に落としてしまう

 貼り付け状態で流されるルパンの元にあのカラスが…

 滝の寸前に突如登場した五右エ門。斬鉄剣で拘束を解く

 滝の裏側から脱出したルパンだがカラスに襲われる

 カラスを殺害して生肉を食らうルパン

 マダム・ルイサの変装部屋を発見し、銭形に変装する

 傷ついた不二子を発見。それはマダム・ルイサだった

 片目を失ったマダム・ルイサはルパンに自身の殺害を依頼

 それを断って去るルパン。マダム・ルイサは自害

 その後、銭形の「変装防止箱」をカラスと共に突破

 スランプを脱し、御機嫌のルパンの元にカラスが舞い降りる

 ルパンの目が共鳴したかのように赤く光るも、最後は我に返る

 〈終了〉


実は単純な「変装競争」の話

改めてストーリーを見直しますと「変装の名人であるマダム・ルイサが、同じく変装の名人であるルパンを殺して一番になろうとするも、それに失敗して自殺する」という、わりと大雑把な話だと思ったりもするのです。しかしながら、何故にここまで皆を悩ませる難解なものとなっているのでしょうか?

それはこの物語が「自己愛主義者の美意識の崩壊」というものと「自由人のアイデンティティの喪失」という、理解するのが凄く難しいテーマを、その背景にがっしりと抱えているからなのでしょう。


マダム・ルイサを紐解く

次元のセリフ

物語のはじめに不二子に変装して登場したマダム・ルイサに対して、次元が「不二子、少々贅肉が付いてきたんじゃないのかい」と軽口を叩くシーンがあります。一見さりげなく思えるこのシーンですが、実は僕はここに、この物語の謎を紐解くキーがあると思っているのです。

このシーンは不二子への変装をマダム・ルイサが完璧にこなせていないことを表しており、さらにこのセリフは、彼女が何よりも大切にしてきた「美しさ」というものを、彼女が既に失いつつある事を暗示しているものでもあるのです。

ブルジョワの美意識

世界の大富豪であるマダム・ルイサは「私たちは美しさをこの上なく愛しているのです」とルパンに語りまます。この『私たち』というのは『富も名声も美貌も全て兼ね備えた貴婦人たち』の事なのです。そしてそこで生まれるブルジョワの美意識が、このセリフに集約されています。

美貌を失えば

しかし悲しいかな気高いはずの貴婦人集団は、いつしか殺戮ショーを楽しむような退廃的な集団になり下がってしまったのです。そもそも武器商人であるマダム・ルイサと、それの商売相手でしかなかった貴婦人集団です。彼女たちは退屈とともに品位を、そして老い共に美貌を失い、今となってはそこいらの虫けらと何ら変わりはない存在になってしまっていたのでした。

右目を失ったのは

マダム・ルイサがカラスの大群により右目を失い、美貌と変装という、自身にとって二つの大切なものを失います。こうなってしまっては、もはやルパンをライバルと見立てて殺す必要もありません。いくら富があろうとも、彼女は彼女の美意識の中では虫けら同様になってしまいました

そうして自身の存在意義を失くしたからこそ、マダム・ルイサは「一切のためらいもなく引き金を引きなさい」とルパンに自身の殺害を依頼したのです。その際の「あなたを名誉ある殺戮者に選びました」というセリフは、その崩壊した美意識の中で、彼女に残された最後のプライドというものを帯びています。

マダム・ルイサがルパンをおびき寄せたのは「ルパンを倒し自らが世界一だと証明する」という事よりも「ルパンが自らを抹殺するに値する存在であるか?」を試したかったからなのでしょう。


ルパン三世を紐解く

戦争に全く興味を示さないルパン

この話の冒頭、ルパンはすっかりスランプで気力すらもなくなっており、不二子の色仕掛けにも微かに反応するだけの状態になっています。これは贅沢に飽きて刺激を求めるブルジョワの貴婦人たちとほとんど同じ精神状態です。

ルパンは世界の大富豪マダム・ルイサのパーティーに「貴婦人」に変装して侵入します。その際に経験した「ナントカ共和国とカントカ国」の戦争見物ツアーに遭遇しますが、ルパンは全く興味を示さず、テロ騒ぎに乗じて不二子の依頼通りに貴金属を奪ってしまいました。

さりげないシーンですが、ここには脚本を書いた鈴木清順氏の「ルパンに対する皮肉」というものが確かに現れていると思います。

ルパンの価値は10ドル

テロ組織から身代金要求が決ますがルパンの分の身代金が足りません。ここで引き渡し人に銭形警部が指名されるのですが、10万ドル必要な身代金に対し、警部が必死に集めてきた金はたった10ドルしかなく、ここでルパンの死刑執行が決まります。

このルパンの価値がたった10ドルと言うところも、このお話のポイントの一つであり、さらには身代金の調達係にわざわざ銭形警部を指名したことも見逃せない部分になります。マダム・ルイサは虫けら同様の価値しかないはずのルパンに、銭形の介入による生存の可能性を自ら残したのです。

五右エ門登場に深い意味はない

ここで滝の前に現れた五右エ門は何者なのだという話です。これに関しては五右エ門本人説、マダム・ルイサの変装説、カラスの化身説など語られていますが、どれもこれも物理的に不可能ですし、ここに僕はあまり深い意味はないのだと考えています。この五右エ門は十字架からルパンを解き放つ役割と「ルパン、あとはお主任せだ」というテーマを提示するためだけに出てきたのだと思います。話の語り手のようなものですね。

変装勝負は引き分け

ようやくたどり着いたマダム・ルイサ邸で「銭形に変装したルパン」と「不二子に変装したマダム・ルイサ」が対峙します。マダムルイサはルパンの言葉尻をとらえて変装を見抜きます。

その際の得意気な表情は「変装勝負」に対するマダム・ルイサのこだわりを感じさせますが、しかし一転、自分の正体を見抜かれると、今度は表情を一変させるほどの衝撃を受けます。最後の砦となった変装もルパンを超えるには至らず、彼女は破滅へと向かっていくのです。

「俺は虫けらさ」

ルパンの「あの時本当に俺を殺すつもりだったのか?」という問いに対して、マダム・ルイサは「もちろんよ。暇つぶしにはもってこいよ虫けら殺しは!」と返します。憤慨するルパンをさらに挑発し、マダム・ルイサは自身に対する殺意を煽ります。

こでマダム・ルイサの望み通り「名誉ある殺人者」として撃つのか?それとも自分が「虫けら」であることを認めるのか? 結果、ルパンはマダムルイサの望みを叶えず「俺は虫けらさ」と言いながら去っていきます。


なぜ目が赤く光ったのか?

ラストのカラスと対峙したルパンの目が赤く光るシーンは、もともと鈴木清順氏の脚本にはなく、演出担当の吉田しげつぐ氏が絵コンテで追加したものでした。

吉田氏曰く「ルパンは自分が享楽主義者のブルジョワたちと何ら変わりのない、虫けらのような存在だと気が付き自我崩壊を起こしていた。ルパンのアイデンティティの喪失、ルパンの死というものを、あのシーンで描きたかった」とのことです。

鈴木清順氏の現代人批判

1984年という時代

この物語がオンエアされた1984年は、まだまだ東西対立時代であり、全面核戦争の恐怖というものは、まるで死神にように時代にまとわりついていました。しかしながら(日本の)多くの人はバブル景気に向かう日本の経済力に酔い、その恐怖に気が付かないふりをしていたのです。

本人曰く「覚えていない」

「悪のり変装曲」の監督&脚本の鈴木清順氏は、2000年代にトークショーでこの話の意味について聞かれた際は「覚えていない」の一言だったらしいですが、鈴木氏とルパンの深すぎる関係(これについてはまたいずれ)を思えば、第3シリーズにおいて唯一の監督作品となった本作を、そんなに軽い感情で制作したとはとても思えないのです。

戦争に対するトラウマと現代人批判

「戦争が兄を180度変えた」というのは鈴木清順氏の弟、鈴木健二氏の言葉です。あの学徒出陣で実際に戦地に赴いた鈴木清順氏は

「結局、運は外から与えられてきたんですよ。努力してもムダだった。長く悲しむことも追憶に浸ることもなかった。すぐに飛行機が飛んでくるんだから。あれから一歩も進歩してないなあ。ヒューマンタッチも嫌いだし」

という達観した戦後観を持っています。

そんな鈴木氏が、実際の戦争をそれぞれの国の自慢話の種にしかしない貴婦人集団や、さらには戦争そのものに全く興味を示さず盗みに没頭するルパンを、あくまで80年代的に軽く描いているというところに、逆に重みがあるのです。

そしてそこには現代人(1980年代人)に対する痛烈な批判を感じずにはいられません。マダム・ルイサとの対決の最後に「オレは虫けらさ」とルパンに自覚させるところにも、その思想はハッキリと現れている気がします。


制作サイドのルパンへの屈折した思い

ここからはおまけ的な話になりますが… 今回の鈴木清順氏や吉田しげつぐ氏のように、制作サイドが自身の作品であるルパン三世に対して、ときおり非常に厳しいテーマを掲げたり、何とも言えない微妙な演出を施したりするのです。代表的な例を挙げますと…

吉川惣二氏

ルパンのアイデンティティといいますと、それそのものがテーマになっていた映画作品「ルパン三世 ルパンVS複製人間」が思い浮かぶ方も多いかと思いますが、あの映画を製作総指揮した吉川惣二氏は、作品の真の意味として「ルパンやマモーがいくら超人間であろうとも、アメリカとソ連という超大国の前では無力な存在である」という、何とも皮肉な思いを込めていたと言われています。

宮崎駿氏

ルパン三世の第2シリーズの最終回を担当した宮崎駿氏は「今までのルパンは偽物で、そのルパンを追いかけていた銭形が本当のルパンだった」という裏設定を用いて、当然のことながら第2シリーズのファンから猛反発を食らいました。

時にはルパンの設定年齢を自分と一緒にするほど、ルパンに特別な感情を持っているはずの宮崎氏ですが、そうであるがゆえ、自分があまり関われなかったルパンを全否定したい気持ちになったのかもしれませんね。


ルパンのお噺

悪魔がルパンを招くとき【新ルパンのトラウマエピソード】1979 

風魔一族の陰謀【ルパン三世】衝撃のキャスト交代事件 1987

悪のり変装曲【なぜルパンの目は赤く光ったのか?】1984

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