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宮脇康之②【ケンちゃんとケンにいちゃんの裏側】1976‐1980

1970年代に『国民的ファミリードラマ』であった『ケンちゃんシリーズ』。前回は『ケンちゃん』役の宮脇康之(現:宮脇健)さんが、自分にとっては『天才子役のケンちゃん』ではなく『かっこいいお兄ちゃん』だったというお噺をしました。


↑この記事では宮脇さんの『子役からすぐ落ちぶれた』という有りがちなイメージに対して、リアルタイムで見てきた世代からの『必ずしもそうとは言えない』という反論を、なんとなくお判り頂けたかと思っております。 では実際、その「裏側」はどうだったのか? 今回はそんな噺です。




ケンちゃんの裏側

杉田かおるさんの証言


「ケンちゃんの力は絶大だった。正確には宮脇くんのお母さんに気に入られなければ、子役どころかスタッフだって首になることは珍しくなかった。他の仕事でスタジオに行っても、何をおいてもケンちゃんにご挨拶をしなければならなかった。他の俳優さんではそんな事はなかったが、ケンちゃんには必ず挨拶することになっていたので、同じ子役でも全然格が違っていた」

天才子役の異常な支配

『ケンちゃん』が10歳になる頃には、1部のベテランのスタッフを除いて、彼の事を『宮脇さん』と呼ぶようになっていました何も知らないスタッフがうっかり「ケンちゃん」などと呼ぶのなら、撮影はその場で中止となり、そのスタッフの首が飛ばされることもあったようです。さらに宮脇さんは「現場に緊張感が欲しい」と言う理由で、メインプロデューサークラスの人間を除き、毎年撮影スタッフの入れ替えさせていたそうです。一体どんな大物役者だという感じですが、当時は子供に、ケンちゃんシリーズの撮影現場が仕切られていたのでした。


家族の変容

ステージママ化する母親

宮脇さんの大ブレイクにより『国民的スターの親』にいきなり祭り上げられた宮脇さんの両親は、常識的な大人としての磁場がどんどん狂っていきました。母親は宮脇さんにつきっきりになり、子役のキャスティングなどにも口出しするようになります。

浮かれて借金を重ねる父親

一方の父親は息子の宣伝グッズを毎年作り、接待と言う名目で、スタッフを引き連れ自費で飲み歩くようになります。父親は「サービス精神旺盛な人にありがちな何事も断れない性格」であり、怪しげな投資話にも、すぐにお金をつぎ込んでしまうような人でした。そんな状況では年間6000万とも言われたケンちゃんの莫大なギャラも消えゆくばかりでした。そして最終的には愛人を作り、宮脇ファミリーを崩壊させてしまったのです。

兄の自殺未遂

そしてこの喧騒において、一番の被害者だったのは宮脇さんの兄でした。彼は弟に夢中な両親からは放置され、学校では「有名人の兄」としていじめられていたのです。しかも登校拒否になった彼に対して、「ケンちゃん」に夢中だった両親は「あなたがいるとイメージダウンになる」と言い放ったそうですから本当に酷い話です。お兄さんはのちに自殺未遂騒動を起こしますが、正直それは無理もない話だと思います。

子供のお小遣いに群がる大人

宮脇さんは、中学生の頃にはすでに20万円ほど小遣いを貰っていたそうです。当然そんなお金は使い切れる筈もなく、いつしかそれは『収録の打ち上げの「飲み会費用』に使われる事になっていきました。そんな「未成年が支払いをする飲み会」という異常な光景をおかしいとする人間は、参加者の中にはいませんでした。 
宮脇さんが中学生になると、宮脇さんの母親も、仕事の最後までぴったりと付き添うという事は少なくなってきました。それゆえに余計に生活は荒れ、宮脇さんは中学生にしてなんと肝硬変を患うようになりました。

ケンにいちゃんの孤独

僕が宮脇さん演じる『ケンにいちゃん』を夢中になって視ていたのは、ちょうど宮脇さんが中学生だった時期なのですが、当時の宮脇さんは(お兄さんに続き)中学校で深刻ないじめに合っていたそうです。
しかしその事を母親に訴えてもまともに取り合ってもらえず、それどころか、当時、仕事のマネージメントの全てを取り仕切っていた彼女は『学校へ行きたくないのならスタジオに行けばいい』とばかりに、レギュラーの仕事を多数追加したそうです。
もはや義務教育など絵空事のような信じられないハードスケジュールになった宮脇さんでしたが「中学でいじめられるよりはずっとマシ」と、内心ほっとしていたそうです。

フルーツケンちゃんの裏で心停止

中学校三年生になった宮脇さんは、自身最後のケンちゃんシリーズである『フルーツケンちゃん』に「ケンにいちゃん」として出演します。前回お話した『台風とキャンプ』の回があるシリーズですね。僕が人生で初めて感動というものを味わったお話です。 

そもそも僕がこんな文章を書いてるのは、その時の思いがいまだに忘れられないからなのですが…しかしながらその『フルーツケンちゃん』の収録中の飲み会で、まだ中学生だった宮脇さんは急性アルコール中毒で搬送され、一時心停止したというのです(本人の証言)。
いやはや…もしそれであの『ケンちゃん』が帰らぬ人になったりしたら、いったいどれほどの騒ぎになったのでしょうか?想像するだけで恐ろしいです。もう半世紀近い時が経ちましたが、当時のケンちゃんの周囲の大人には、今一度猛省を願いたいですね。

ケンちゃんが干されたわけ

宮脇さんが干された理由としてあげられるのが
「天才子役が大きくなったらただの人説」
「三原順子さんに手を出したから説」
「ロマンポルノ出演のイメージダウン説」
という三つのものです。では一つ一つ検証していきましょう。

天才子役が大きくなったらただの人説

これまで僕のブログを読んでくださった方ならお分かりのように、宮脇さんは子役からの脱却にそれなりに成功しております。だからこの理由で消えた訳ではないと思います。

三原順子さんに手を出したから説

宮脇さん曰く「高校を卒業してからも3本のレギュラー番組を抱え仕事は順調だった。風向きが変わったのは三原さんと交際宣言した時からだった」との事ですので、間違いなく干された原因の一つとなっているでしょう。

ロマンポルノ出演のイメージダウン説

これはそもそも「干されたから出演せざるを得なくなった」わけで、これが干された理由にはならないと思います。

事務所タブー

そんな訳で宮脇さんが干された大きな理由に「三原順子さんとの交際宣言」があると思うのですが、ではそれがどうして「宮脇さんの芸能界追放」レベルの大事となってしまったのか?ここにはやはり「事務所タブー」というものが絡んでくると思います。

事務所移籍問題

交際宣言について三原順子さんの事務所は渋々認めたという形で、宣言後も「純な三原は宮脇に騙されている」というスタンスを取りました。この対応は事実関係はさておき、16歳のアイドルを抱える事務所の対応としては「想定内」のものだと言えると思います。
一方、宮脇さんの事務所の方は、この交際宣言について、かなり前向きだったと伝えられており、実際に当の三原さんも「交際宣言は宮脇さんの事務所の意向が反映していた」と証言しています。


要は「人気が下り坂の宮脇を旬のアイドルと交際宣言させることにより再浮上させる」という仕掛けですね。当然大きな話題となったのですが、時を同じくして宮脇さんと事務所の間に金銭的なトラブルが起こり、宮脇さんは熱愛宣言を仕掛けた事務所を移籍することになってしまったのです。

こんなタイミングで事務所移籍問題が起こったことにより、スキャンダルで話題を集めた形になっていた宮脇さんは、言わば梯子を外れたような状態になってしまいました。
結果、宮脇さんは『人気復活のために三原順子とのスキャンダルを利用した宮脇康之』という「宮脇バッシング」を、たった1人で背負う羽目となってしまったのでした。

ジャニーズ事務所とのトラブル

宮脇さんは高校時代、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長に気に入られ、ジャニーズ事務所の合宿所で暮らすようになるのですが、それについて

「僕はジャニーさんにはかなり気に入られていたが、あることが原因で、着の身着のままで事務所を飛び出た」「僕が事務所を出奔した原因については、残念ながら今ここに書くことはできない」

と、宮脇さんは自著でトラブルがあった事を告白しています。

宮脇さんと三原さんのスキャンダルが報じられた1980年。その年は爆発的な「たのきんブーム」でジャニーズ事務所が業界の盟主に成り上がった時期でした。
そんなジャニーズ事務所にとって「話題作りのためにはスキャンダルを売ることも厭わない宮脇康之」という存在は、合宿所退所時の禁断のトラブルがある以上、そのまま棄て置くことは出来ない危険分子だったのだろうと想像できるのです。

致命傷の三段重ね

そんなわけで宮脇さんは

「熱愛スキャンダル」
「事務所との移籍トラブル」
「ジャニーズ合宿所とのトラブル」

という、まさに致命傷の三段重ねで、芸能の表舞台から姿を消したのでした。


つづく




アイドル&芸能人の噺





















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