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バブル時代のクリスマス【史上最高価格の聖なる夜】1989

バブル期のクリスマスというのは、今とは全く異なる様相を呈していました。バブル景気に浮かれた当時の日本人の舞い上がりっぷりというのは、もう説明のしようが無いほどの凄さでありました。特に平成元年、バブル絶頂期の「1989年のクリスマス」というのは、僕が知る限り、史上最高の盛り上がりだったと記憶しております。今日はそんな噺です。

当時の世相

冷戦の終結

1989年12月。歴史的な「マルタ会談」が行われ、冷戦が終了しました。そんなわけで人類が全面核戦争の恐怖から完全に逃れることが出来たのがこの時期だったのです。

それによりベルリンの壁が壊され、東側の国がどんどん倒れて行きました。ホーネッカーとかチャウシェスクと言った大物が失脚し、チャウシェスクなどは公開処刑されました。

僕はこの年の年末は「冷戦の終結」だけではなく、日本における「戦後」というものが一区切りしたのだなあと思っています。経済が冷戦を終結させたように、戦後復興は正に頂点に達し、株価は史上空前の最高値を記録しました。

 

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そしてついに日本企業は、あのロックフェラーセンターまで買収してしまったのです。アメリカを経済力で打ち破り、敗戦の呪縛から解放され、それにより戦後が終了した証でもありました(でも結果的にそれは大間違いでしたが・・・)。

新天皇誕生日

1989年のクリスマスウィークエンド。12月23日は「平成の天皇(現上皇)の誕生日」でした。そしてその23日が土曜日で、翌クリスマスイブが日曜日だったのです。

当時は一般的には土曜日は休みではなかったので、平成初の天皇誕生日は、実に都合の良い誕生日となりました。クリスマスウィークエンドが、当時は滅多になかった連休になったのです。1989年のクリスマスムードは、ぐんぐんと上昇していきました。

クリスマス戒厳令

今の時代はクリスマスに相手がいなくても「クリぼっち」などと言って、自虐ギャグにしてしまえるのですが、「恋愛至上主義」だったバブル期は、その焦りは全く異なっておりました。それは「もしクリスマスイブの夜に一人で居たら、ゲシュタポに連行されて強制収容所送りになるのでは?」というほどの強迫観念であったのであります。みんな正に命がけでクリスマスのパートナーを求めておりました。

当時の「恋愛マニュアル指南書」の二大巨頭「POPEYE」と「Hot・Dog PRESS」も、ここぞとばかりクリスマスを煽りました。
「男と女はクリスマスに勝負する」という表紙も凄いです。みんな落ち着け!正気になれ!と言いたいですね。

(価格的に)史上最高のクリスマス

 そんなわけで当時の若者たちは恋愛に全てを懸けておりました。まあ「全てを懸ける」というよりは、「お金を掛ける」と言った方が本当は正しいのかもしれませんが・・・、男性陣は女性陣に見栄を張るため、あからさまに身分不相応な行いをしていたのです。

アマンド前のデートカー

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六本木のアマンド前を行き交う「デートカー」なるもの。それは2ドアクーペ車が人気でありまして、特にスタイリッシュだったS13「アートフォース」シルビアが街中にあふれておりました。

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さらには、より富豪層(無理する人)な方々になりますと「BMWの3シリーズ」などをチョイスし、ミーハー女子をピックアップしまくっておりました。全くもってふざけすぎな世界ですね。


ピンドン&イタメシ

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食事の方はロマネコンティやドンペリのロゼという高級酒が、酒の味もわからないような若造の間で大量に消費されておりました。そしてティラミスブームに端を発したイタ飯人気は頂点に達しておりまして、有名店の予約は至難の業でした。 


ミツグくん

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「ミツグくん」という言葉が生まれたように、この時期のプレゼント事情は男子にとってはかなり過酷なものでした。しかし冷静に考えれば、サンタさんがクリスマスにプレゼントするのは「素直な子どもたち」に対してであり、決して「物欲にまみれたボディコンギャル」に対してではないはずなのです。もう定義的に何かが確実にずれておりました。


オープンハート&3連リング

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この時代「ティファニーのオープンハート」「カルティエの三連リング」は「恋人証明書」代わりの必須アイテムでした。本当に飛ぶようにというか、カップルの数と同じだけ売れておりました。

それも今となってはすっかり夢のあとでして…、様々なオークションサイトにて、これらはモニターからこぼれるほどに溢れかえっております。

 

赤プリ&赤プレ

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そして最終的には赤プリ(赤坂プリンスホテル)赤プレ(赤いプレリュード)で辿り着くというのがバブル期のクリスマスの最大かつ最高の目標でした。はい。

そして、こういうものに「スキーツアー」やら「ねるとんパーティー」なんてものも含めて、当時の若者たちが、実に分不相応に遊びまくっていたのは、リアタイ世代から見ても間違いない事実でした。

ほんと織田信長にでも頼んで、丸ごと一掃した方が良い感じですね。当時の僕も含めて。

クリスマスCM

当時の世情を映すクリスマスCMです。

JR東海 クリスマスエキスプレス1989


いいなCM JR東海 X'mas Express 牧瀬里穂
 

タツローの「クリスマスイブ」がBGMのCMも2年目です。この年から正式に「クリスマスエキスプレス」として放映されました(深津絵里の第一作目は「ホームタウン・エキスプレス」名義)。

新人時代の牧瀬里穂が主演で、バンドブームだった当時の世相を反映しロックファッションになってます。ちなみに彼女が持つプレゼントの中身は『1990年のカレンダー』だという説があります。ああ、なるほどなという感じですね。まさに遠恋だという。

丸井のクリスマス1989


丸井のクリスマス【天使の降る夜にお会いしましょう】1989

丸井と言えば「バブル期のクリスマスの象徴」のひとつでしたね。いやあ本当にろくなものじゃありません。

「天使の降る夜にお会いしましょう」というキャッチコピーですが、「お札の舞う夜にお会いしましょう」という方があっていると思います。はい。

純愛の時代


バブル期は「純愛ブーム」の時代だったと思います。異世代からは「日本を壊した軽薄な時代」と忌み嫌われがちですが、こと恋愛に関しては純粋な時代だったなと思います。まあ『人々が恋愛に純粋でいられるだけの経済力があった時代』とまで言ってしまうと、なんだかさみしくなってしまいますが。

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