80年代中盤のマンガ界では 、高橋留美子さんの「うる星やつら」と、あだち充さんの「タッチ」が大きな人気を得ており、それらを掲載していた(週刊少年サンデー」の売り上げはピークを迎えておりました。
そんな時期に同誌において「若手作家の描く革新的な音楽マンガ」の連載が始まり、当時のロックキッズたちに大きな影響を与えていったのです。今日はそんな噺です。
『TO-Y』とは?
漫画家の上條淳士さんが、1985年3月より『週刊少年サンデー』で連載を始めた音楽マンガです。
<あらすじ>
インディーズのパンクバンド『GASP』の人気ボーカルだった少年『TO-Y』は、ある日、大手のプロダクションからアイドル歌手としてスカウトされる。そこから巻き起こる『TO-Y』を核とした青春群像。自分自身を『おもちゃ』にして急速に芸能界を駆け上がっていく『TO-Y』が、その果てで辿り着く場所は何処なのか…
そんなサクセスストーリーを、若い作者が独特の感性でスタイリッシュに描き上げています。『TO-Y』は大いなる同時代性を持った、80年代を代表する漫画の一つなっております。
若気の至りキャンセル事件
当時、22歳の新鋭漫画家だった上條さんは、その才能を見込まれ『週刊少年サンデー』誌上にて、ウルトラマンでお馴染みの佐々木守氏原作による連載漫画の「作画作家」に抜擢されます。
しかし面談の際、上條さんは大御所の佐々木さんに対して「描きたい漫画があるのでお断りします」と、まさかのドタキャンをしてしまうのです。同席していた編集者は激怒し、上條さんはサンデーを干される寸前になりますが、相手の佐々木さんの理解もあり、その佐々木さんの顔を立てる意味でも「上條淳士オリジナルの10話完結の芸能漫画」というものを、サンデーにて連載することがその場で決まったのです。
そんな経緯で偶然に決まったものが、後に『TO-Y』という大ヒット作となるのですから、本当に何が幸いするか判らないものですね。
登場人物
主要キャラは4人です。
藤井冬威(トーイ)
16歳 身長187cm 容姿端麗で性格はクールというスター性抜群の少年。パンクスとしての自分に退屈を感じており、芸能界からの誘いに心が揺れ始めている。この物語の主人公。モデルはジェーン・バーキン、デヴィッド・ボウイ、本田泰章など
哀川陽司
18歳 身長185cm 当代を象徴するナンバーワンのアイドル歌手だが、アーティストとしての自我の目覚めに苦しんでいる。素顔は三枚目のお人好しで、トーイの良きライバル。
モデルは吉川晃司。ちなみに上條さん曰く「本人の許可は取らずに勝手にモデルにした」そうで、その後、吉川さんから事後承諾を得ているとのこと。
森が丘園子(ヒデロー)
15歳の高校一年生。哀川陽司と並ぶトップアイドル。トーイとは事実上の恋人関係にあるが、母親が姉妹という「いとこ」でもある。トーイの芸能界入りを画策。
モデルは中森明菜など当時のアイドルの集合体。
山田二矢(ニヤ)
15歳の中学3年生。トーイの追っかけをしている神出鬼没の少女。ペットの猫のような存在だったが、心身の成長とともに自分が光れる場所を探すようになっていく。モデルはトーイ同様ジェーン・バーキン、NOKKO、つみきみほ、動物の猫など
パンチラ延命
連載直後は「タッチ」や「うる星やつら」などといった強力な漫画を前にして、新興マンガの「TO-Y」の人気は今ひとつ盛り上がりませんでした。まあ当然と言えば当然な話ですね。
それでこのまま10話の短期連載で終わると思いきや、上條さん曰く「第4話のニヤのパンチラが思わぬ反響を呼んで延長が決まった」という、なんとも意外な理由で連載が続く事となったのです(ちなみに5話には園子のパンチラがあります)。
そんな訳でパンチラで火がついた(?)トーイ人気はその後は収まることを知らず、最終的には全100話&単行本コミック10巻という、なかなかのボリュームの作品と成長していったのでした。
当時の人気ぶり
バンドブームとシンクロ
1980年代には、中盤の「インディーズブーム」と終盤の『イカ天(ホコ天)ブーム』という二つのバンドブームがありました。バブル景気に支えられたバンドブームは大変盛り上がりまして、それはあのNHK教育(ETV)において、「ベストサウンド趣味講座」という「アマチュアバンド講座」が放送されるほどのものだったのです。
CM界にも進出
OVA作品
音楽業界への進出
実在の人物がフォロワーに
本田泰章
つみきみほ
つみきさんは当時「吉川君と私の関係はトーイとニヤの関係に似ている」と言っておられましたが、おそらく意識的にそういうプロモーションがされていたのだと思います。一方の上條さんも つみきさんのビジュアルを、その後のニヤに反映させていきましたから、これは今で言うWinWinの関係と言えるものだったのでしょうね。屈指の名シーン
大開きで4ページ使われた別れのシーンは、小説でも映画でも成しえない、正にマンガの特性を生かした名シーンです。そして今もなお『TO-Y』について語られる際には、必ず挙げられるシーンでもあります。上條さん曰く、名画『ベニスに死す』や『ブリキの太鼓』の海のイメージが、ここには投影されているそうです。
このようないくつかの別れを経て、『TO-Y』は「それぞれの新しい道に向かっていく」という前向きなエンディングを迎えます続編はあるのか?
ギャラリーをライブハウスに
『TO-Y』の発表から30年にもなろうとする時、「江口寿史さんのギャラリーでの展示会」を観に行った上條さんは「このような形ならば漫画家のライブというものも可能なのではないか?」と思いついたそうです。
2015年から上條さんはギャラリーにおいて定期的に『TO-Y』の原画展を行うようになりました。そこでは「個展」を「ライブ」、そして「巡回展」を「ツアー」とし、バンド的な作品発表の方法が模索されています。
原画だけでななく、リトグラフや海洋堂製のフィギュアの発売も始めるなど、回を重ねるごとに、上條さんが求める「マンガのライブ」というものが確かな形になっているようです。
50歳のトーイ
上條さんはインタビューにおいて
「30周年に完全版を出すにあたり、初めて今のトーイというものを考えてみたのです。陽司は吉川さんが今も活躍されているからイメージしやすい。ならトーイはと考えると、トーイと同い年の福山雅治さんやHydeさんは現役バリバリで、これならトーイも全然現役でいけるじゃんと。今もどこかで普通に歌っているのだろうなと安心しました」
「続編は今までは絶対にないと答えてきましたが、30年後のトーイをイメージできたのは大きな事でした。でも今すぐ続編を書くとか誤解はしてほしくはないですが…」
とおっしゃっております。
果たして。
<おわり>
名作完結マンガを読む
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